日本酒の仕込み方法のひとつに「菩提酛(ぼだいもと)造り」があります。
それは、まさしく古の仕込み方ともいえます。。
では、菩提酛とは何でしょうか?
菩提酛の解説のためには、まずは日本酒の造りの流れの知識が必要となります。
今回は、日本酒造りの流れを押さえた上で、「菩提酛」の仕込み方法や味わいの特徴、また代表的な酒蔵や銘柄を解説します。
日本酒造りの流れ
製麹
米のでんぷんを糖に分解するのに必要な麹を作ります。
蒸した米に麹菌を振りかけ、麹菌を増殖させます。
酒母造り
小さめのタンクに麹、蒸米、水を入れて、酒母を造ります。
糖分をアルコールにするのに必要な酵母を培養するためです。
仕込み
醪用の大きなタンクに酒母、蒸米、麹、水を入れて、本格的なアルコール発酵を始めます。
酒母の中には十分な酵母が繁殖しているとはいえ、いきなり大量の米や水を注ぎ込むと、酵母の濃度が薄まって雑菌が発生する恐れがあります。
そのため、米、麹、水は何日かに分けて投入します。
搾り
仕込みから3〜5 週間で、アルコール発酵が終わります。
米が本来持っていたでんぷん質は糖に分解され、糖と水はアルコールと炭酸ガスに変わります。
この状態が「どぶろく」と呼ばれる酒です。
これを搾って、酒粕と液体とに分けた液体の部分が日本酒。
いろいろな搾り方がありますが、「搾り」という工程は日本酒を名乗るための条件です。
酒税法できっちり定められています。
貯蔵・瓶詰め・出荷
搾った後は、濾過したりしなかったり、火入れ(低温殺菌)をしたりしなかったり、加水したりしなかったり……と、様々なバリエーションの工程があります。
その後、貯蔵→瓶詰めをして出荷となり、私たちの手元に届きます。
菩提酛造りとは
菩提酛造りは、日本酒造りの中の、酒母造りに大きく関わります。
酒母造りは、アルコール発酵に必要な酵母を増殖させるのが目的です。
しかし、酵母は非常にデリケートです。
周囲の雑菌発生などにより死んでしまうこと。
一方、酵母は酸に強いという特徴も持ち合わせています。
普通の微生物は酸性の環境では生きられないので、タンクの中が酸性ならば酵母は繁殖しやすいといううことです。
酵母に有利な酸性の環境を作ることが、酒母造りのポイントなのです。
そして、酒母造りの製法もいろいろあります。
速醸
タンクに直接乳酸を入れて、タンク内を酸性にする製法です。
すぐに酸性になるので、乳酸とほぼ同時に酵母を入れても大丈夫。
2週間くらいで酒母ができあがります。速くて管理もしやすく、現在、世の中の日本酒の90%が速醸系です。
生酛
自然界に生きている乳酸菌をタンクに取り込み、乳酸菌が生み出す乳酸でタンク内を酸性にする製法です。
江戸時代〜明治時代はこの方法が酒母造りの主流でした。
乳酸菌が繁殖してタンク内が酸性になるまでは酵母を投入することができず、酒母ができあがるのに速醸系の倍以上の時間がかかります。
菩提酛
速醸、生酛とは異なる第3の製法。
奈良県の菩提山正暦寺で造られた酒「菩提泉」に由来して「菩提酛」と名づけられました。
菩提酛は、室町時代〜江戸時代の古い製法で、生酛の原型になったといわれます。
生米、蒸米を水に漬けて「そやし水」という酸性の液体を作り、その水と蒸米と麹を仕込みます。
生酛と同じく、自然界の乳酸菌を取り込んで酸性の環境を作るのです。
菩提酛は、生酛の製法が確立した江戸時代以降は使われることなく、完全に姿を消しました。
しかし、平成の時代に、菩提酛発祥の地である奈良県で、地元奈良の酒蔵有志がこの失われた技術を復活させました。
菩提酛造りのお酒の特徴
菩提酛は自然の乳酸菌を取り込んで乳酸を作ります。
速醸系のお酒に比べると、ヨーグルトのような乳酸系の香りがするのが特徴です。
味にも乳酸系の酸味があり、厚みのある味わい、濃醇な旨味があり、やや甘めに仕上がるという特徴もあります。
また、菩提酛造りでは、抽出されたピュアな協会酵母ではなく、自然界に存在する野生酵母を取り込んでアルコール発酵させる場合があります。
この「蔵つき酵母」は酒蔵によって異なり、同じ菩提酛造りの酒でも酒蔵の個性が出ます。
菩提酛造りが有名な酒蔵・銘柄
菩提酛造りといえば、奈良県の大倉本家です。
地元の神社へ奉納するお神酒を造るのに伝統的製法を使っていたのが、実は菩提酛だったのです。
以前は神社に奉納するだけだった菩提酛造りの「金鼓 濁酒」を、今は一般販売しています。
ジャンルとしては「どぶろく」ですが、菩提酛をずっと守ってきた酒蔵の菩提酛造りは外せません。
菩提酛を復活させたのが奈良県の酒蔵だったので、菩提酛造りの酒は奈良県に多いです。
「風の森」で有名な油長酒造では、“正暦寺のある菩提山町で作った米で菩提酛仕込みをやる”というこだわりを見せています。
秋田県の新政酒造は、協会6号酵母発祥の蔵でNo.6シリーズが有名ですが、菩提酛造りもやっています。
まだ、頒布会に出すだけで一般販売はされていませんが、蔵つき酵母ではなく6号酵母を使っているところが新政らしくて個性的です。
まとめ
菩提酛造りのお酒はまだメジャーではありません。
しかし、時間もコストもかかわらず、ここ数年で明らかに増えています。
それは「古い技術を復活させてみた」的なイベント性だけでない、菩提酛の魅力があるからです。
音楽がデジタル配信される時代にあっても、レコード盤に針を当てたアナログな音質を求める人がいます。
すっきりと綺麗な速醸系のお酒ももちろん美味ですが、菩提酛の厚みのある個性的な味わいをレコードを聴くように楽しんでみてはいかがでしょうか。